恵ライド 六日目 大野城

いよいよ、自転車で九州に上陸!
ホテルのモーニングです。
案外時間がかかるので、セットになっているものが有難いですね。

今日は関門トンネルを行くんだ~とワクワク。
実は昨日、壇ノ浦に着いてすぐに、「関門トンネルを自転車で走るんだったら、人道を行きますよね?」と話しかけてきた女性が。
女性は私がハイというまでじっと顔を見て、人道を行ってね!と言って立ち去りました。
歴史を感じるこのトンネルは還暦を迎えたそうです。

門司到着。 このバナナのお兄さんがいなければ、美しい景色も見逃すところでした。

素敵な港をゆるゆる走る。

しかし!博多だけでなく北九州も都会なんだなと気づく交通量に悩まされることに。
小倉城が見えました!ビルに囲まれている!

黒崎の松、思わず立ち止まり眺めました。写真無いですが、とてもご立派でした~

有方・宗像サイクリングロードで、北九州でかかった時間を取り戻すべく、頑張りました。
実は、このライドを思いついたのは、夢に父が現れたのがきっかけでした。
父との事は投稿の最後にも書いています。
なんとなく、父が来るように現れたのかと、父の出身地、大野城までの距離を調べると、
姫路から約600㎞。
私の自転車「麒麟」は、台湾のSR600のコースを走る自転車が欲しいと
廣峯神社の九星詣りで祈願して賜りました。
ですが、1月に台湾の太魯閣に行きましたが、600㎞も走っていません。
「ひとまず、九州まで600㎞、走ってきんしゃい!!」と父が言っているのかと思ったのです。
一つのライドに、いろんな意味あいを込めているのですが・・・

六日目の約100㎞は身体に堪えますね・・・なんとかオサレなカフェでランチができました。
ここから、また河川敷に戻って、飯塚市を目指します。
今更ですが、福岡県っていっぱいいろんな市があるんですね!
米ノ山峠を通って、大宰府へ。ここはこの恵ライドで唯一の峠だったように思いました。

わーい!麒麟に乗って、大宰府まで来ました!

でも中に自転車は持ち込めない様です。諦めて、いとこの家へ。
久しぶりにチェッカーの歌に出てきそうなヤンキー(?)を発見。
ゲンキがいいなぁ、と思いました。
ここから、また坂道が続きます。
大野城は”大野”と呼ばれていたのに、他にすでに大野市があったので、大野城市としたそうです。
私も暮らしたことがあるのですが、のどかなところだったのに、お店がいっぱいできていました。
いとこの家で、洗濯をしてもらいつつ、晩御飯を近所の焼肉屋へ。
いっぱい補給をさせていただき、祖父、祖母、伯父、叔母の見守る、ご先祖様の御仏壇の前で寝ました。
ここで私は、まだ父の遺影を作っていない事に気が付いたのでした。
私はまだ小学生の低学年だったころ、父と離れて母の実家に住むことになりました。
母は伯父に頼まれて祖母の介護を頼まれて、実家に戻る事にしたのです。
わざわざ引っ越しまでして介護をするのか、母は私の学校の先生にそう言われて、
何も知らないのにと唇をかんでいたのを覚えています。
母にしか介護をできないこと、そしてこの機にこの地を離れたいと思った事情があったのです。
その父との最後の思い出は、自転車の補助輪を外す練習でした。
私は父が大好きでした。
博多駅まで追いかけてきた父を覚えています。
でも介護が終わった約半年後、父と連絡を取ろうとしたら、引っ越してしまっていたのです。
それ以来ずっと、どこにいるのかわかりませんでした。
私は会いたいと思ったので、こちらの居る場所はわかっているという母を説得して、捜索願いを出しました。
でも20年くらいして、父と連絡が取れるようになりましたが、私には結婚して新しい生活がありました。
母は離婚の手続きをして、夫も母も会う事に賛成ではなく、私も会う事を諦めていました。
会わない方がいいという言葉で、心に蓋をしていました。
父が亡くなったと東京の役所から連絡があったのは、息子たちの子供会のソフトボール大会をしている最中でした。
この時、父の死は取り返しがつかず、もう二度と会えないのだと、人生最大の過ちだと本当に後悔しました。
勇気を出して「会いたい」と言っていたら、どんなに良かっただろう。
私は今まで、父に捨てられた、愛されていなかったと心の中で思っていました。
でも、こんな形で父の愛を感じることができるとは思いませんでした。
お父さん、自転車で来たよ!夢に出てくれてありがとう!
父の遺影がまだだったことを気にしつつ、仏壇に手を合わせたのでした。
父もとても寂しかったのではないかと思い、自分を責める事もありましたが、
親子の絆は続くのだと、大切な事を教えてもらった事に感謝しています。
