母と旅行 天橋立
母が赤穂城で骨折し、わが家に同居するようになって一年が経ちました。
この一年、いろんな事がありましたが、ようやく旅行に行くことが出来ました!
行き先は先日、300kmのブルベで走った天橋立です。
母が天橋立ときいて、祖父と一緒に舟に乗ったなと懐かしそうに言うので、行くことにしました。(私はなんとなく覚えている)
今までどこか行きたいところがあるか聞いてみても全く反応がなかったので嬉しかったです。
こんな日が来るなんて思わなかった!と妹と一緒に喜びました。
舟にはカモメが一緒に来てくれて、本当に楽しかったです。賢いカモメ達です。
宿泊した清輝楼さんは、創業が元禄年間の老舗旅館です。
またもや元禄でしたか~!
明治時代の建物の味わいもさることながら、お料理がとても美味しかったです!
ここまでの一年がどういう一年だったかと言いますと
まずはわが家に来た原因でもある、踵の剥離骨折の治療がありました。
骨折は日にち薬で二ヶ月ほどで治りますが、ずっと動かさずにいた足首からつま先が浮腫んで、紫色に変色してきたので病院へ。
病院では足を高く上げて寝るくらいしかないと、他に治療してもらえませんでした。
爪も剥がれ掛けてこのままでは壊死しそうなので、病院がダメならばと整体へ。
それでも良くならず、途方に暮れて、最後は私がオイルマッサージをしました。
すると、足首のところで何かが詰まっていたのか、踵をほぐして足の指先まで流すと目に見えて良くなってきました。一週間ほど続けたら治ったのです!
足のマッサージは自力整体という体操教室で勉強していたのに!
自分で治せるとは思いつかず、あの勉強は自分のためだけでなく、母のためでもありました。
必要なことは用意されているものだと思いました。
それから茶色のおりものがあり、調べると大きな子宮筋腫があることが分かりました。今まで婦人科の検診を受けてなかったのです。
もう手術をする話にはなりませんでしたが、ガン化をしていないか検査をしたり、何十年ぶりに婦人科の診察台に上り薬をいれることになり、嫌がって可哀想でした。
その治療が効果なく、この臭いはもしかしたら尿かと気づいてまた違う病院へ。
眠いのに夜中に度々トイレに行って失敗し掃除も大変で、その際のなんとも言えない臭いの原因は膀胱炎でした。
抗生物質のお薬を飲んで良くなり、でもまた再発したりを繰り返すようになりました。
そこで、安易に紙おむつに頼ることの弊害だと気づきました。
膀胱炎は良くなってもおむつ内の環境が悪いと直ぐに再発するのです。
パンツをはきたいという母の思いもあったので、布ナプキンと生理用ショーツで過ごす時もありました。
こうしていろいろと病院通いが続き、便が勝手に出てしまうのでまた紙おむつにしたり、なんやかんやと介護も気苦労が絶えませんでしたが、一番心配なのは神社にお参りに行っても、母に全く祈る気持ちが無いことでした。
神社には私に言われて嫌々同行し、手をパンパンするだけといった態度なのです。
そして、そうそう、困ったときはお薬師様だと母を連れて廣峯神社へいき薬師堂にお参りをして、最後にお守りをいただこうとすると、母が「私は病気と違うよ」というのです。
いやいやお母さん、「認知症」ですよねというと、なんども病気ではないというので、お守りはいただきませんでした。
不思議なのですが、それから認知症も落ち着き、夜中にトイレを汚すこともほとんどなくなりました。
お正月には、夫側の親族と集まるのでどこかに母を預けたいと思いましたが、どこも都合が合わなかったので、仕方なく一か八かで一緒に連れて行きました。
初詣に行ったは大勢の参拝者で溢れる北野天満宮です。
さんざめく境内で相変わらず参拝を嫌がる母と脇の列から一緒にお参りしました。以下、私の代弁から始まります。
私:姫路からきました(母の名前)です!
長女の家に世話になっています!
その夫もいつもトイレの掃除までしてくれます!
(妹の名前)も家に泊めてくれます!
デイサービスの方もとても優しく楽しく通っています!
今日はみんなにありがとうを言いに来ました!!
母:・・・!みんなにありがとうを言いに来ました!!!
母は私が詳細を語るとは思っていなかったと思いますが、私もびっくりするくらい、大きな声で神様に御報告をしました。
大きな声にみんなで大笑いして楽しい参拝になり、母も今では神社を嫌がらなくなりました。
私はこうして参拝を通して、母が変わっていくのを目の当たりにして、母がひとりで寂しく暮らしている間に悪い霊でもついていたのではないかと思いました。
そうでなくとも寂しさに押しつぶされそうになっていた心が、ようやく神様に祓い清められ、みんなの愛で快復してきたのだと思いました。
人は生きている限り天命があり、一生懸命に幸せを目指していると思うのです。
私はずっと認知症になりたくないと思い、自転車に乗って運動をしていました。
しかし母のお陰で自分が認知症になっても、ならなくても、認知症がどういう病気かを知り感謝だと思えるようになりました。
親の役目というのは、親らしくこどもの世話をするだけでなく、吾が身を通して老いとはを伝え、こどもに学びの機会をつくることでもあるのだと。
これらの事は御先祖さまのお導きがなければ分からなかったと思います。
本当にこの三人での旅行は最高のご褒美です!
認知症は辛いと思いますが、頑張っているお母さん、本当にありがとう!!!