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母方の御先祖様

huwari300
ふはり
ふはり

母方戸籍謄本を遡って、高祖母の故郷・岡山県津山市へ

美作ではありませんでした

夫との会話で赤の他人という言葉がひっかかって、もやもやしていた私は、母方の御先祖を辿ろうと、まずは造り酒屋だったときいていたので、津山の造り酒屋・多胡本家酒造場へ行こうと、母を連れて出かけました。

業者に依頼して家系調査をすると多額の調査費がかかりますが、その費用は交通費、遠方の場合は宿泊費、そして役所でわからないことはお寺で聞くのでその手土産と書いてあったので、京都の友達にわたす予定だったカステラを持参。

残念なことに多胡本家酒造場は定休日だったのですが、とりあえず行ってみたら話し声が聞こえてきたので、この辺りで他に造り酒屋が無かったか訊ねてみました。

すると、この辺りで造り酒屋はうち以外には無いといわれ、残念に思いながら戸籍の住所がどこか聞いてみたところ、川の向こうだということで、見当をつけてお寺に行ってみました。

萬福寺です。行ってみて驚きました。何やら凄い石碑があるのです。法学博士平沼淑郎書とあります。なぜお寺と法が関係するのか・・・何か訳がありそうと後で調べてみたら、この津山・高倉で百姓一揆があったと知って驚きました。

私はちょうど姫路の農民一揆のことを、「郷土史ひめじ」という学校教材で知ったところでした。学校教材なのですが、とても詳しく書かれていて私の教科書です。

高倉百姓一揆は、元禄11年11月11日に高倉村の大庄屋の堀内三郎右衛門が8人で窮状を訴えたのですが、捕らえられて斬首されました。(津山瓦版より)

恐ろしく、人権もなにもあったものではありませんが、私たちの人権がこうして守られる様になったのも、人々のためにと勇気をだした尊い義のたましいの犠牲があったからだと思いました。

この日付は後で調べていて私の誕生日と同じ月日だったので、驚きました。

ふはり
ふはり

またもや元禄時代の出来事ですね

しかし、このお寺にはどなたもいなかったので、近くにいた男性にお寺の方はどちらにいるのか聞いてみました。

わからないな~お寺があっても宗派はいろいろだし。でもこの先にお寺がありますよ。と教えていただきまして・・・

そして次に行ったお寺で、初めは昔の事はわからないと断られましたが、年配の神職さんがその名前はもしかしてと、今もその住所に親戚の方が住んでいることがわかりました。

くえびこ
くえびこ

戸籍謄本の住所が小さい字でよく読めなかったのですね

突然行っても大丈夫かしらと思いつつ、訪ねてみたらお留守でした。

でも二世帯になっていて息子さんはおられたので、ご挨拶して、諦めて帰ろうとしたらご夫婦ともに帰って来られました。

本当にラッキーでした。突然にやって来たので驚かれたと思います。

そんな私たちを暖かく迎えてくださって、御自身も調査されていたさらに先の御先祖様について教えてくださいました。

先祖代々、家業は百姓です!

母は仏壇の横にある遺影を見て、曾祖母にそっくりだと喜んでいます。

母方を辿っていると伝えると、お墓に行けば、高祖母がどこからお嫁に来たか書いてあるということでお墓に案内していただきました。

こちらは江戸時代から続く、お墓を整理されたところ。このお墓の前に立派な先祖供養塔があります。天台宗だそうです。

続いて、曾祖母のお墓も近くにあるということで、ご案内くださいました。

なんと曾祖母は曾祖父と結婚したその日の夜に、津山から歩いて大阪まで行ったそうなのです。

なぜ津山を出たのか分かりませんが、大阪では練炭や炭を売る商売をしたそうです。

どちらのお墓も立派で綺麗にされています。もしかしたらここで造り酒屋をされていたのかもしれませんねと親戚のかたが言われました。

廃業していたらもうわかりませんよね。真言宗との事でした。

「うちは天台宗なんですよ」と言われた言葉に調べてみたら、もしかして天台宗はお酒を呑めないから?と思ったりして、御先祖が何を考えて大阪まで歩いていったのか考えてしまいました。

実際にこの場所に来て、お話をお聞きすると、御先祖が一生懸命生きていた様子が窺えます。

そして高祖母の実家も山の上にある大きなお家だということで、近くまで連れて行ってくださいましたが、こちらは突然お邪魔できないよと遠目に見ました。

勢いできてしまいましたが、こうして御先祖を大切にされて、遠い親戚にあたる私にもご親切で、心温かい家系だということに感動しました。

私は若い頃、農家にお嫁に行きたいと思っていましたが、きっと百姓の家にいて幸せだった記憶があるのだろうと思います。

法律にも興味がありました。なんだか自分の興味があることに、御先祖の記憶があるのではと妙に納得しました。

そして戸籍謄本を取り寄せてくれたおじが北海道でお世話になった親戚の方や、私の祖母の妹にあたる叔母がこちらに来たことがあるらしく、懐かしく、共通の話題でお話ができました。

十分ご案内いただいた後は、津山城に登って帰りました。

とても階段が多く、登るのが大変でした。また桜の花が咲く時期に来てみたいです。

ふはり
ふはり

カステラ一箱しか持っていませんでしたが、手土産はあってよかったです

今は役所でわかることなら簡単に取り寄せができるので、皆様も御先祖を辿ってみてはいかがでしょうか。

ABOUT ME
風羽李
風羽李
女性サイクリスト
2014年よりロードバイクに乗っています。
ふはりふはりと舞う綺麗な羽色の蝶(アサギマダラ) が海を越えて長距離移動することに尊敬の念を抱き、2021年より ロングライド(ブルべ)を始めました。
帯をアップサイクルして自転車の小物などを製作しています。
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